明治期にマッチ製造の一大産地として名を馳せた兵庫県。
私たちは、1929年にこの地で「嵯峨山燐寸製造所」として産声を上げて以来、90年以上にわたって地場産業の担い手であり続けています。
私たちが大切にしているのは「不易流行」の精神。
いつの世も変わらない本質を見失うことなく、
時代の空気を柔軟に取り入れていくことです。
私たちはこれからも、持てる資源を活かして新たな価値創造に挑み、
持続性のある企業活動を行っていきます。
自社で商品企画から生産まで一貫して行ってきた当社。叶えたいゴールに向かって、創意工夫を重ねるのが私たちの流儀です。マッチ棒の内製こそ2015年に終止符を打ちましたが、長年の経験によって培われた企画開発力や品質管理力、ネットワーク力は今も私たちの強みです。
マッチが生活必需品だった昭和の時代から、私たちは数々のユニークなデザインを生み出してきました。デザインとは生活者の課題を解決し、コミュニケーションを活性化し、暮らしを豊かにする力。私たちはこれからも信頼できるデザインチームとともにものづくりに挑みます。
マッチが生活必需品でなくなった今、私たちの進むべき道は、マッチ製造の技術を応用して新しい価値を創造することです。そのために異業種とのコラボレーションも積極的に行い、私たちにしかできないものづくりを模索します。
これまでのプロジェクト